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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)7635号 判決 1998年4月16日

原告

東洋火災海上保険株式会社

被告

株式会社関西美装

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告株式会社関西美装は、原告に対し、金一〇八九万一一四三円及びこれに対する平成九年八月二〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告宮田佳治は、原告に対し、金一〇八九万一一四三円及びこれに対する平成九年八月二〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実及び証拠〔甲一ないし一七、二三ないし三四、弁論の全趣旨〕により容易に認定できる事実)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成六年一一月八日午後一〇時二八分ころ

(二) 場所 大阪府守口市佐太西町一丁目一番四号先の国道一号線大阪市方面行車線(以下「本件道路」という。)上

(三) 関係車両

(1) 訴外松崎正雄(以下「訴外松崎」という。)運転、被告株式会社関西美装(以下「被告会社」という。)所有の普通貨物自動車(大阪一一ほ二八八六)(以下「被告会社車両」という。)

(2) 被告宮田佳治(以下「被告宮田」という。)運転、所有の普通常用自動車(なにわ五七は八七八七)(以下「被告宮田車両」という。)

(3) 訴外福井肇(以下「訴外福井」という。)運転の普通乗用自動車(なにわ五七と一五九二)(以下「訴外福井車両」という。)

(四) 事故状況

本件道路を走行していた被告会社車両が脚立を落下し、これに乗り上げた後続の被告宮田車両が左前輪タイヤを破損したため本件道路の右側車線の右端に停車したところ、被告会社車両に乗車していた訴外亡中元雅之(以下「亡中元」という。)が同車両から降り、被告宮田車両のタイヤ交換作業を手伝うため同車両の左側付近に立っていた際、後続の訴外福井車両に跳ね飛ばされて死亡した。

2  亡中元の両親である訴外中元重俊及び同中元洋子は、平成八年四月一八日、神戸地方裁判所尼崎支部に対し、訴外福井を被告として、亡中元の死亡によって生じた損害につき、損害賠償請求訴訟を提起したところ(同支部平成八年(ワ)第三五六号損害賠償請求事件)、同裁判所は、平成八年一一月二八日、左記の旨の主文の判決を言い渡した。

(一) 被告(訴外福井)は、原告(訴外)中元重俊及び同中元洋子に対し、各金一三四四万九八九三円及びこれに対する平成六年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 原告らのその余の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用はこれを一〇分し、内三を被告の、その余を原告らの各負担とする。

3  右判決は、平成九年五月二九日、控訴が棄却され、確定した。

4  原告は、訴外福井との間において、自動車保険契約(いわゆる任意保険契約)を締結していたものであるが、平成九年六月三〇日、訴外中元重俊及び同中元洋子に対し、訴外福井に代わって、三〇五一万〇七九六円を支払った。

二  当事者の主張

(原告の主張)

1 本件において、被告会社車両は脚立を路上に落下しているところ、自動車専用道路において、車両が積み荷を落下した場合、後続車両がタイヤ破損等の被害を受けることは充分あり得るところであるし、さらにその場合、被害を受けた後続車両が修理等のため路上で停車し、この修理を手伝っていた者が、さらにその後続車両に衝突されることも充分あり得るところである。

したがって、被告会社は、亡中元の死亡によって生じた損害につき、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく責任を負う。

2 また、本件事故は、被告宮田車両の保有者である被告宮田が、同車両を安全な場所に移動せず、かつ、後続車両に対し、停止表示板を設置したり、手で回避の合図を送る等の措置を講じなかったために生じたものである。

したがって、被告宮田も、亡中元の死亡によって生じた損害につき、自賠法三条に基づく責任を負う。

3 そして、被告会社車両が脚立を落下して被告宮田車両の左前輪のタイヤを破損させた事故と、同車両のタイヤ交換作業を手伝うため同車両の左側付近に立っていた亡中元が訴外福井車両に衝突された事故は、時間的、場所的に近接しており、被告宮田は、訴外福井車両が亡中元に衝突することを予見できたから、右の両事故は、客観的に関連共同して発生したものと認められる。

したがって、本件事故は、被告会社、被告宮田及び訴外福井の共同不法行為(民法七一九条)によって生じたものである。

4 そして、本件事故状況に照らせば、被告会社、被告宮田、訴外福井の責任割合は、二対二対六とするのが妥当であるから、訴外福井は、亡中元の死亡によって生じた損害を支払った場合には、右責任割合の限度で被告会社及び被告宮田に対して求償債権を取得する。

5 ところで、亡中元の死亡によって生じた損害は、<1>判決元金(二六八九万九七八六円)、<2>遅延損害金(三五五万五九三〇円)、<3>自動車損害賠償責任保険からの既払金(二四〇〇万円)の合計五四四五万五七一六円であるところ、原告は、亡中元の両親に対し、三〇五一万〇七九六円(右<1>と<2>に訴訟費用五万五〇八〇円を加えた額)を支払った。

6 よって、原告は、商法六六二条により、訴外福井が被告らに対して有する五四四五万五七一六円の二割である一〇八九万一一四三円の各求償債権を取得したから、被告らに対し、それぞれ、一〇八九万一一四三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告会社の主張)

本件事故状況によれば、亡中元は、被告会社車両の「運行によって」死亡したものでないことは明らかである。

(被告宮田の主張)

本件事故現場は、明るく見通しの良い直線道路であるから、被告宮田車両の存在が亡中元の発見に著しく支障を来すような状況を作り出したとはいえない。

また、訴外福井は、制限速度を超える時速約七〇キロメートルの速度で走行し、かつ、前方を注視していなかったことにより本件事故を起こしたものであるから、本件事故は、被告宮田車両の存在如何にかかわらず、発生した可能性が高い。

さらに、亡中元が被告宮田車両の側でタイヤ交換の作業に従事していたことは、亡中元の自由意志に基づくものであり、被告宮田車両の運行の範疇から逸脱しているものである。

したがって、本件事故と被告宮田車両の「運行」との間に因果関係はない。

第三当裁判所の判断

一  本件では、亡中元の死亡が、被告会社車両、被告宮田車両の「運行によって」(自賠法三条)生じたものといえるかが主たる争点となっているので、まず、この点について判断する。

1  前記前提となる事実に証拠(甲一ないし一七、二三ないし三一、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件道路は、アスファルトで舗装された平坦な片側二車線の高架の自動車専用道路(最高速度は時速六〇キロメートル)であり、右道路の総幅員は約七・九メートルで、二車線の走行車線のほかに中央分離帯側に幅員約〇・五メートル、路肩側に幅員約〇・九メートルの路側帯があり、現場付近は直線で道路の見通しは良好であった。

(二) 本件事故は夜間に発生したものであるが、本件道路は、水銀灯が設置されていたため全体としては明るい道路であった。

また、本件事故当時の天候は晴れで、路面は乾燥していた。

(三) 被告会社車両は、本件道路の右側車線を走行中、荷台に積んでいた脚立を本件道路上に落下した。

被告会社車両には、運転手訴外松崎の他、助手席左側に亡中元が、訴外松崎と亡中元の間に訴外白根英樹(以下「訴外白根」という。)が、それぞれ乗車していたが、同人らは脚立が落下したことに気付いたため、被告会社車両を停止させ、訴外松崎と訴外白根が被告会社車両から降りて脚立の回収に向かった。

亡中元は、本件道路の左側車線を車両が走行していたため、被告会社車両に残り、再度脚立を積むべく被告会社車両を後退させた。

(四) 本件道路の右側車線を走行していた被告宮田車両は、被告会社車両から落下した脚立に乗り上げて左前輪タイヤを破損したため、駐車灯を点滅させて本件道路の右側車線の右端に停車した。

被告会社車両を後退させた亡中元は、被告宮田車両がタイヤを破損したことに気付き、被告会社車両から降りて被告宮田車両のところまで行き、同車両のタイヤ交換作業を手伝うため、同車両の左側付近に立っていた。

(五) 訴外福井は、訴外福井車両を運転し、本件道路の左側車線を時速約六〇キロメートルで走行中、同車線上を走行していた車両の速度が遅かったことから、右側車線に車線を変更しようとし、時速約七〇キロメートルまで加速したが、右車線変更の際、仕事の段取りを考えるとともに右後方の安全確認に気を取られたため、前方の注意がおろそかになり、被告宮田車両まで約二〇メートルの地点において、初めて被告宮田車両及び同車両の左側付近に立っていた亡中元を発見し、急ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切ったが間に合わず、自車右前部で亡中元を直接跳ね飛ばして死亡させた。

(六) なお、被告宮田は、停車当初、後続車両に対して手で左側に寄るように合図していたが、しばらくすると後続車両が左側車線に寄るようになったため、本件事故発生時は、右のような措置を講じていなかった(また、被告宮田車両には、停止表示板が積まれていなかったため、被告宮田は、これを本件道路に設置しなかった。)。

2  ところで、自賠法三条の損害賠償責任は、自動車の「運行によって他人の生命又は身体を害したとき」に生じるものであるところ、「運行によって」他人の生命又は身体が害されたといえるためには、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とした自賠法の立法趣旨(同法一条)に鑑みると、当該事故が、自動車としての通常予想される危険に属することを要するというべきであり、そのためには、少なくとも、「運行」が他人の生命又は身体の侵害に向けられたものであることが必要と解すべきである。

これを本件についてみると、亡中元は、自らが乗車していた被告会社車両から落下した脚立により左前輪タイヤを破損した被告宮田車両のタイヤ交換作業を手伝うため、同車両の左側付近に立っていたところ、前方不注視の訴外福井車両に直接跳ね飛ばされて死亡したものであるが、脚立の落下の危険性は被告会社車両の後続車両に向けられたものであって、被告会社車両に同乗していた亡中元に向けられたものではないから、亡中元は、被告会社車両の「運行によって」死亡したとはいえないというべきである。

また、被告宮田車両についても、本件事故において亡中元に向けられた被告宮田車両の「運行」を観念することができないから、亡中元は、被告宮田車両の「運行によって」死亡したとはいえないというべきである。

なお、原告は、本件事故は、被告宮田車両の保有者である被告宮田が、同車両を安全な場所に移動せず、かつ、後続車両に対し、停止表示板を設置したり、手で回避の合図を送る等の措置を講じなかったために生じたものである旨主張するが、かかる事情は被告宮田が民法七〇九条に基づく責任を負うとする根拠にはなっても(もっとも、前記認定事実によれば、本件事故は、訴外福井が制限速度を超える時速約七〇キロメートルの速度で追越し中、前方の不注視により、被告宮田車両及び亡中元の発見が遅れたために生じたものと認められるから、仮に被告宮田が原告の主張する措置を講じたとしても本件事故の発生を回避することはできなかった可能性があると認められる。)、亡中元の死亡が被告宮田車両の「運行によって」生じたことの根拠にはならない。

二  以上によれば、被告らが亡中元の死亡によって生じた損害について自賠法三条に基づく責任を負うことを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 松本信弘 石原寿記 村主隆行)

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